【特別寄稿】造形家 / 映画監督 片桐裕司の いろいろあっていいんじゃない?|エピソード15:はじめての特殊メイク

ハリウッドで彫刻家、キャラクターデザイナー、映画監督として活動。日本で開催する彫刻セミナーは毎回満席の片桐裕司さんのエッセーです。肩の力を抜き、楽しんでお読みください!


片桐 裕司 / HIROSHI KATAGIRI
彫刻家、映画監督

東京生まれ、東京育ち。1990年、18歳のときに渡米。スクリーミング・マッド・ジョージ氏の工房で働きはじめる。98年にTVシリーズ『Xファイル』のメイクアップでエミー賞受賞。その後、『ターミネーター』『エイリアン』『ジュラシックパーク』のキャラクタークリエーション等で有名なハリウッドのトップ工房スタンウィンストン スタジオのメインアーティストとして活躍(2000〜6年)『A.I.』『ジュラシックパーク』『タイムマシーン』『宇宙戦争』等の制作に携わる。現在、フリーランスの造形家、映画監督として活躍中。
東京生まれ、東京育ち。1990年、18歳のときに渡米。スクリーミング・マッド・ジョージ氏の工房で働きはじめる。98年にTVシリーズ『Xファイル』のメイクアップでエミー賞受賞。その後、『ターミネーター』『エイリアン』『ジュラシックパーク』のキャラクタークリエーション等で有名なハリウッドのトップ工房スタンウィンストン スタジオのメインアーティストとして活躍(2000〜6年)『A.I.』『ジュラシックパーク』『タイムマシーン』『宇宙戦争』等の制作に携わる。現在、フリーランスの造形家、映画監督として活躍中。

エピソード15:はじめての特殊メイク

その瞬間、友人とともに「うおーーーーーーっ」と思わず叫び声をあげてしまった。そして、その中に石膏を流し込み、無事、ライフキャストが出来上がったのである

さて、今回は私が高校3年生の時のお話。

「卒業したらアメリカに行って特殊メイクの仕事を目指す」と決めていたので、それまでに自分で何か特殊メイクをしてみようと思い立ち、特殊メイクの基本である「人の顔の型」を取る事にしました。その当時、持っていた資料が『特殊メイクの世界』という本。

『特殊メイクの世界』(竹書房 BAMBOO MOOK、1984年刊) おそらく、日本で初めての特殊メイクに関する本です。これで人生が変わりました

この本にライフキャスト(顔の型取り)のやり方が簡単に(本当に簡単に)載っていたので、それを基に、まず、材料を集めることに。必要な材料というのは「アルジネイト」と「プラスターバンデージ」というもの。おそらく、1989年当時は特殊メイクの素材屋なんて店もなく(あったようだが知らなかった)インターネットもない時代。どこで手に入れたらいいかもわからなかったが、たまたま、歯科技工士の専門学校に行ってるバイト先の先輩がいて(※本来、アルジネイトは歯の型を取るもの)、お願いして売ってもらい、アルジネイトは難なく入手。そして、次は、プラスターバンデージであるが、聞いた事もない素材。解説には「ギブス用の石膏包帯」と書いてあった。しかし、どこでそんなもの買えるのかがわからない。そこで、なんと私は、近所の接骨院を訪ねて、そこで聞いてみる事にしたのである。

「はい。次の方どうぞ」
「すみません、プラスターバンデージってありますか?」

当然ながら、そこの医者は驚き、「いったい何に使うの?」と聞いてくる。高校生で素人の若者が突然「プラスターバンデージを売ってもらえますか?」と訪ねてきたのである。医者は「いったい、この若者はそれをどんなプレイに使うんだ? 自分も教えてもらってやってみよう」と思ったに違いない。私は必死に特殊メイクの材料である事を力説すると、医者もがっかり... いや、納得してくれたが「あるけども売る事はできない」と言われる。そのかわり、入手先の問屋の電話番号を教えてくれた。

という事で、問屋を訪ねて、そこでなんとかプラスターバンデージも入手。そこでも同じように、店のおっちゃんは「高校生の私がどんなプレーに使うんだ? これは絶対教えて欲しい!」と思ったに違いない。しかし、私はニヤリと意味深な笑みを見せるだけで、黙ってブツを受け取り帰路につくのであった。おそらく、医療系の素材を扱うその店に来た最年少の客だったであろう。材料を揃えるのも、ひと苦労である。

さて、犠牲者は...。いや、型取り相手は自分の友人。もちろん、顔の型取りなんて見たこともなく、椅子に座って顔の型が取れるなんて想像もつかない。とりあえず、ベッドにビニールを敷いて、そこに寝てもらった。メイク屋で買ったハゲづらをかぶせて、アルジネイトを水で溶いて、顔に塗り始める。

アルジネイトを塗ってる様子

水と粉の分量なんてわかるはずもなく、どうやら、水が多すぎたのか、あれよあれよで鼻も口も塞がってしまった。このままでは友人が死んでしまう。しかし、芸術のために死ねるのなら芸術家の本望。でも、よく考えたら、芸術家は私で、彼はただの学生なので、一瞬迷ったが、心の広い私は彼を生かしてあげる事を選択。口の回りのアルジネイトを拭い取り、口を開けさせ、なんとか気道を確保。一命を取り留めたのであった。型取りも実に命がけである。

なんとか、アルジネイトが無事に固まり、いよいよ、プラスターバンデージの出番。

こんな感じの素材

本によると「プラスターバンデージを水に浸し、アルジネイトの上に重ねていく」とあったので、その通りに浸して重ねていく。

※イメージ写真です

本来は、しばらくしたらバンデージが固くなってくるはずなのだが、いくら重ねても固くならない。結構長い事待ってみたが、それでも固まらない。その間、友人はジェスチャーで「寒い」と訴える。上半身裸で寝ているので寒くなったようだ。自分は手が汚れているので隣の部屋の姉を呼び、助っ人を頼む事に。姉は入ったとたんにギョッとして、その場に固まる。無理もない。知らない男が白い布のようなものをかぶせられ、上半身裸で横たわっているのだから。「何か見てはいけない物を見てしまった」とつぶやきながら毛布を渡してくれた。ちなみにこれが、その友人と姉とのはじめての出会いであった。

さらに待つ事20分。いっこうに固まる様子はない。仕方ないので「ちょっと外してみるか」と、顔から外したとたんにぐにゃり。型がつぶれてしまった。何がいけないのか? この若造に何が足りなかったのか? 材料もあと1回分。お小遣いも心細い。

あれこれ悩んだ末に、ふと、余ってるプラスターバンデージに水が飛び散って、偶然何かで擦れて、バンデージの網の目がプラスターで埋まってる光景を目にする。「あれ?」と思い、何気に、プラスターバンデージを水で濡らし、こすってみたらなんと!  固まるではないか!! 本にはそんな事は書いてなかったが。"こすり" そう... 人生17年。我が人生に欠けていたものは "こすり" だったのだ!!!

たりらりらー。
ぴろぴろはレベル2になった。
こすりのちからを手に入れた!

というわけで今度は自信を持って2度目の挑戦。

アルジネイトを顔に塗る。
また、気道が塞がる。
一瞬の迷いの後、口からの気道を確保。
無事アルジネイトが固まる。

さてここからが新展開。

プラスターバンデージを水に浸し、顔に乗せこする。

また のせて こする。
また のせて こする。
また のせて こする。
また のせて こする。

略して "まのこる" 健全な高校生男児にこすりをやらせたら、もう、それはそれは凄まじい。摩擦で煙が出そうなくらいだ! 数十回ほど、まのこった後、プラスターバンデージを拳で軽く叩くとコンコンと音が。

今度は固い! 念のため、もう5分ほど待ち、いよいよ外してみる。

いい感じ。
外れていく。

外れた! 型が崩れない!

その瞬間、友人とともに「うおーーーーーーっ」と思わず叫び声をあげてしまった。そして、その中に石膏を流し込み、無事、ライフキャストが出来上がったのである。私の青春の1ページ。

さて、次週はこのライフキャストから作った初めてのマスクのお話を書きます!

 

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