【インスピレーション】アカデミー視覚効果賞を受賞したVFXスープが解説。映画『1917 命をかけた伝令』のVFX舞台裏

第一次世界大戦を舞台にした映画『1917 命をかけた伝令』では、連続したショットの中に “見えない視覚効果”を入れなければなりませんでした。それは、MPCにとって簡単な作業ではありませんでした(※注:ネタバレあり)


Trevor Hogg
フリーランス ビデオエディター/ライター
「3D World」「Animation Magazine」「VFX Voice」「British Cinematographer」「Sound & Picture」などで、映画制作者や映画に関する詳細なメイキングを執筆しています。毎年、トロント国際映画祭を取材するほか、『レイダース 失われたアーク』『バットマン』(Batman: The Animated Series)、スタジオジブリ、ピーター・ウィアー監督 の大ファンでもあります。

はじめに

サム・メンデス監督は、祖父から聞いた第一次世界大戦中の兵士の話を思い出しながら、『1917 命をかけた伝令』(2019年)の脚本を共同で執筆しました。

戦争で荒廃したフランスの片田舎で、イギリス軍の下級伍長トーマス・ブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)とウィリアム・スコフィールド(ジョージ・マッケイ)は、ある重要な任務を命じられます。それは、前線に攻撃の中止命令を伝えることでした(そうしなければ、ドイツ軍の罠にかかって部隊が全滅してしまうのです)。本作では、2人がこの命令を伝えるための旅を、リアルタイムで追いかけていきます。

『1917 命をかけた伝令』予告

メンデス監督は、前に制作した戦争映画『ジャーヘッド』(2005年)と異なり、観客を没入させるためには、カメラがブレイクとスコフィールドから離れることなく、1カットのような錯覚を作るのが最善であると考えました。

本作では、『ブレードランナー 2049』(2017年)でアカデミー撮影賞を受賞したロジャー・ディーキンス(本作でも同賞を受賞)が撮影監督を担当し、『ゴースト・イン・ザ・シェル』(2017年)の ギョーム・ロシェロン(本作でアカデミー視覚効果賞を受賞)が VFX を監修しました。そして、唯一のベンダーである MPC が制作したVFXプロセスは、非常に複雑なものとなりました。なぜなら、前述の監督のコンセプトを実現する際、作業をショットごとに分けることができないため、事前にリハーサルし、決めた時間でテイクをつなぎ合わせる必要があったからです。

デジタル ステッチ

「 “異なるテイクをどうやってつなぎ合わせるか” など、事前にわかっていた課題がありました」とVFXスーパーバイザーの グレッグ・バトラー(本作でアカデミー視覚効果賞を受賞)は言います。「2Dのアプローチはないか? 3Dは必要か? それともハイブリッドなのか? と一つひとつ評価してそれぞれの場面を分解し、最適なアプローチを考えていきました。従来とは異なる作業になるとわかっていたため、これまで考えもしなかったような新しいやり方を見つけることができました」

 

本作のほとんどのシーンは時系列で撮影されました。「それは特に後戻りできない状況で、みんなの助けになります。大規模な屋外ロケのため、空の差し替え・グレーディング・バウンシングなどの作業だけでなく、大砲のクレーターを大きくしたり、巨大な泥の環境にも対応したりする必要もありました。どんな映画でもそうですが、最初のテイクが使われることはほとんどありません。決まるまでに20回テイクを重ねることもあるため、地面は何度も踏み固められていきます。よって、以前に撮影した痕跡を消すために、芝や泥を交換することもよくありました」

ノーマンズランド

「ノーマンズランド(無人地帯、塹壕と塹壕の間の地帯)には、デザイン上の理由から多くの追加や拡張を行いました。サム(メンデス監督)は撮影を見ながら、爆弾で破壊されたクレーターやそこに溜まる水など、セットにあるものだけでは不十分だと感じていました」とバトラーは話します。「泥に濡れたようなベタベタ感をうまく出せるか心配でしたが、最終的にうまくいきました」

チームには、実際にノーマンズランドを歩いたことがあり、データ収集能力の高い優秀なエンバイロメント スーパーバイザーがいました。「私たちは砕いた泥を散らして、必要な場所に敷き詰めていきました。また、歩いているときにクローズアップされるクレーターの水位を上げて、より危険な感じを出すことも何度かありました」

 

一発勝負のプロジェクトを支えることが最大の課題でした。「ブレイクとスコフィールドが ノーマンズランドに入っていく場面では、ステッチを役者に直接施す必要がありました」とバトラーは振り返ります。

「これは “2つのセクションをそのまま結合できない” 稀なケースです。ほとんどの場合、撮影がとてもうまくいったので、新たに映像を作ってつなぐ必要はありませんでした。しかし、このシーンは後述の滝のシーンのように中間の接続点がうまく合わなかったので、デジタルダブルで対応することにしました」

ここでは、簡潔で決定的なデジタルダブルが登場します(特にスコフィールド)。「衣装の泥や髪型は役者に合わせなければなりませんでした」

塹壕を進んでいるショット

次のショットへのつなぎをデジタルダブルで作成

よじ登ったあと次のショットへ

ノーマンズランドを進むショットに切り替わる

CGで作るネズミ

巨大な黒いネズミは、フルCGで作成されました。「映画に登場するネズミや飛行機用のアセットは、ほとんどありませんでした」とバトラーは明かします。「サムがこだわっていたドイツ軍の地下壕にいるネズミは、デザイン面で最も強烈なものになりました。“丘の上の生存者”として、大きく、獰猛で厄介、そしてステルス性をもたせたかったので、汚くマットな感じを出すのにかなり苦労しました。適切な黒レベルと油分を見つけるために何度も調整を繰り返し、最終的に多くの作業をアセットに施しています」

「合成では、油分のレベルと黒レベルのバランスをとる必要がありました。なぜなら、地下壕の暗い環境では、試すことのできる色の範囲がほとんどなかったからです」。突如、塹壕の中にネズミが現れます。「一匹のネズミを基に大きさや色のバリエーションを作っていき、全部で5種類のネズミができました。しかし、実際に使ってみると、毛皮のバリエーションが不利に働きました。世界の一部地域に生息するネズミにはあまり変化がなく、重さ・かさぶた・傷くらいしか違いがありません。そのため、最終的により似通ったものになりました」

監督がこだわったネズミはフルCGで作成された

ドッグファイト(空中戦)

ドッグファイトで撃墜されたドイツ軍の複葉機が、ブレイクとスコフィールドに向かってきます。「ブレイクとスコフィールドの上空を飛行するイギリス空軍の ソッピース・キャメル や、ドイツ空軍の アルバトロスD.III の詳細な機体を作りました」とバトラーは説明します。「あのつなぎは魅力的でした。これまでデジタルダブルやプロップ ハンドオフ(持っているオブジェクトの差し替え)の経験はありましたが、CG の飛行機が自分に向かって飛んできて、爆発が起こり、その後、別のプレートから取った実写に切り替えるというのは初めての試みでした」

左からAサイド、特撮の戦闘機、合成したもの

前景のワイプ(手前を横切るキャラクター)からBサイドに切り替わっている

「“Aサイド”では、ありもしないものを避けるために役者が走ったり潜ったりしています。このとき、まだ特撮機とその余波は撮影されていません(ロジスティクスと戦略的計画の一環によるもの)。また、つなぎの多くでは、Bサイドを Aサイドに(またはその逆に)持ってくる必要があります。後のショットで、飛行機の燃える様子がもっとクローズアップになりますが、Aサイドではどのように見えるかわかりませんでした」

『1917 命をかけた伝令』ワンカットを体感せよ!3分半超えの本編映像。ドッグファイトは2:00あたりから