記憶に残る場面のコンセプトデザイン『審判の日』のメイキング

記憶に残る場面のコンセプトデザイン『Reckoning Day (審判の日)』のメイキングを Philip Straub 氏 が 紹介します


Philip Straub
アーティスト|米国

01 記憶に残る場面のコンセプトデザイン

エンターテインメント業界のコンセプトデザイナーはみな、ゲームや映画に登場する重要な場面すなわち「記憶に残る場面」をうまく設定して、視覚的に表現できなければなりません。この種のコンセプトイラストでは、シーンの構成を始めたときから、ステージング、劇的なカメラアングル、カメラの焦点距離といった要素をすべて考慮する必要があります。

コンセプトアーティストが目指すものは「与えられたツールで可能な限り、最高に劇的で視覚的にエキサイティングなシーンを作ること」です。通常、コンセプトアーティストには、描くべきシーンや視覚的に表現すべきストーリー中の重要な場面が割り振られます。しかし個人制作の場合でも、デザインの背景となるストーリーを考える習慣をつければ、同じアプローチを当てはめることができます。

私は、「自然」災害(この作品の場合は、やや不自然な災害ですが)によって文明がほぼ壊滅するというストーリーを元に、その中の記憶に残る場面を描いた作品の制作に取りかかろうと考えていました。煙、炎、劇的なライティングがあふれた、破壊や混乱の様子を描きたかったのです。この「Reckoning Day (審判の日)」では、シーン内に取り入れるさまざまな対象について、リファレンスを大量に収集することが必要になるでしょう。そのため、大災害が発生したときに建物や周囲の地形に起こる変化について理解したり、創作のヒントを得たりするのに必要なありとあらゆる情報を集め始めました。

02 基本的な構図、ライティング、明暗の構成

新作に取りかかる前に必ず最初にすることは「完成後のイラストを視覚化すること」です。頭の中でそのシーンの実際の様子を思い浮かべ、カメラをあちこちに動かし、一番面白いアングルを探求し、中心として扱うべき興味深いいテーマやキャラクターを探すのです。

今回の作品では、焦点と劇的なライティングが作品を引き立てることになるだろうと思っていたので、コントラストが最高に高くなる場所やアクションの中心ポイントを見極めることが最優先事項になりました。この時点では、ポジティブ/ネガティブの形状や全体の構図を決める、全般的な形状を考え始めています。構図を決める前には、キャンバスの縦横比と全体のサイズを選択する必要がありました。ストーリー中の映画的な場面を描きたいという気持ちがはっきり固まっていたので、地平線に沿って地面を幅広く含めることのできる、「横長」タイプのレイアウトを選びました。

私はほとんどの場合、グレースケールのキャンバスで作業を始めます。今回の作品は明暗の範囲の中でも暗い方を使用して描くことが分かっていたので、キャンバス全体を約50%のグレーで塗ってそれをベースにしました。これは以前私が伝統的な絵画の技法で描いていたころの名残りで、こういう処理をしておくと、ディテールの検討をする前にシンプルなモノクロの構図に集中することができます。そう、スタイルの違いこそあれ、画像とは抽象的な形状の連なりでしかなく、それを人間の目に馴染みのある何らかの形を表現するようにまとめただけなのです。

今回の作品では特別なテクニックは何も使っていません。スケッチは、Photoshop のブラシ数種類を使って描くのが好きです。ここでも、作品のテーマから見て、最も面白いライティングの方法は何かということを念頭に置き、人間の目に馴染むようなポジティブとネガティブの形状を作ることに集中しています。集めたリファレンスはすべて手近に置いてあるので、シーンの描写の正確さを確かめることができました。

次に、見る人の目をキャンバス全体に誘導することを重視しながら、ライティングの方法と作品の焦点を決めていきます。シーンの面白さをさらに高めるため、構図の中に興味を引く小さな領域を追加してメインの焦点とのバランスをとり、見る人の目をさらに誘導しています(図01)。

図01

02 ポジティブ/ネガティブ空間とスケール

ポジティブ空間は通常、イラストやスケッチ内の領域で、1つまたは複数の形状で占められた部分ですネガティブ空間は、形状がない領域、つまり何もない空間です。簡単に言えば、絵の中に背景などとというものは存在しません。すなわち、作品中にあるすべての領域は等しく重要なのです。背景の領域は何も考えずに放置してかまわないということではありません。

ここでは、前景、中景、背景で「かくれんぼ」をしている要素(これは私だけの言い方です)、つまり ポジティブとネガティブの形状を定める部分のバランスをとること に集中します。制作するイメージの種類によっては、スケッチ段階により多くの時間をかける場合もあります。しかし今回の作品ではベースとなるリファレンスや基本的要素が豊富にあるので、いきなり基本的なスケールやディテールの決定に入っています。手元にはシンプルな3D ジオメトリで作成した都市の風景もいくつかありました。

こうしたわけで、いくつかのレンダリングと前もって集めた写真リファレンスの一部を元にして、都市のスケールの設定やパースペクティブのさらなる調整を始めます。ここで私が使ったテクニックはとても基本的なもので、全体のパースペクティブが完全に満足いくまで、スキュー、拡大縮小、歪みといった処理をたくさん加えるだけです(図02)。

図02

03 カラー

コンセプトアーティストやイラストレーターは 色を使って見る人に訴えかけることができますし、そのように色を使うべきです。構図、カメラアングル、ライティング、パースペクティブを使って視覚的にストーリーを伝えるための雰囲気や環境を作り出すのと同じように、色もまた自由に使える道具です。作品のパレットを作るときは、その作品で何を描こうとしているかを忘れないでいることが大切です。作品の中に「目立つ」部分を作りたい場合、「寒色と暖色」を組み合わせたり、補色を並べて配置するといいでしょう。逆に、落ち着いた雰囲気を出したい場合は、補色を隣り合わせに並べてはいけません。

ここで最初にきちんと描いておかなくてはならないのは空です! 風景のイメージでは、空が最も重要な要素です。空によって、光の色や温度、反射光の色や温度、影の色が定まるのです。ここでは、作成中のシーンにうまくはまると思われる空のリファレンスを数種類選び、それをシーンの中に注意深く配置していきます。さまざまなレイヤーのテクニックを使い、必要に応じて消去やペイントを行いました(図03)。

図03

04 さらなる破壊

基本のカラーパレットができあがったら、このシーンで描こうとしている破壊の要素に手を加えていきます。まず、前にも似たようなイラストを何点か作ったことがあるので、以前作成したカスタムブラシセットの1つを開いて、煙と火のブラシを読み込みました。こうした要素を追加するときは、明暗と色の心地よい構図を崩さないように気をつける必要があります。まず、新しいレイヤーを作成して焦点の周囲の火をペイントすることから開始し、狙い通りの効果になるまでスケールやレイヤーモードを変更して試しました。

次に、劇的な煙の柱をいくつか足して、この都市で起こっている破壊の様子にアクセントをつけていきます。ここでもカスタムブラシセットと作業の初期段階で集めた写真を使って、まず焦点の周りの煙、続いて都市の前景と中景の辺りにある煙を描きます。中景と前景の煙が定まると、煙の柱を他の煙の前に重ねることで、スケールの表現がしやすくなります(図04)。

図04

05 放棄された建物とゴシック建築

以前に作成した 3Dレンダリングの余り物と写真でまとめあげた都市は、仕上げまでの場つなぎにすぎません。作品全体の雰囲気ができあがってきたように感じたので、作業の中心を作品の全体像からより小さなディテールへと移しました。明らかに、最初にシーンに入れた建物は単にスケールと混乱した状態を示すためのものだったので、今度はこの都市の性格作りに取りかかります。

この都市で発生している破壊の量を考えると、そうした性格を反映した建物をいくつか描き入れる必要がありました。まず、すべての「ポストエフェクト」レイヤーの下に位置するレイヤーセットを作成し、破壊された建物を主要な場所に描いていきました。これは構図を整えて、視線をさらに作品の焦点に誘導するためです。

私は以前からゴシック建築が好みでした。とても個性的で、すばらしい職人技を含んでいる点が気に入っているのです。この作品の基本テーマには宗教的なニュアンスもあったので、大聖堂や教会の建築を取り入れて、「世界の終わり」という設定をさらに強調するのは理にかなっていました。こうした要素をシーンに加えようと以前から考えていたので、初期段階で集めたリファレンスや手元のアーカイブにあった写真を再び参考にして、「ゴシック建築」を都市全体に注意深く配置していきました。

ここでも、構図のバランスを崩さないように慎重に作業しましたし、建築が「かくれんぼ」している小さな部分を探して、重なり合う要素を加え、「背景、中景、前景」という構成を強調しています(図05)。

図05

06 前景のオブジェクト

これまでの仕事から学んだのですが、スケールを強調して構図を組み立てるときは、前景のオブジェクトを正確に配置するのがコツです。このコンセプトを守りながら、新しいレイヤーを作成し、それを乗算モードに設定して、セミハードブラシを使って前景の左側に破壊された建物を描き入れています(図06)。

図06

07 仕上げ

この時点で作品は 90%完成していましたが、これを完成したと言える状態にするには、まだたくさんの仕上げが必要です。少し考えたところ、暖かさがまだ足りないことに気づいたので、空気のレイヤーの1つを複製して、そのレイヤーの不透明度を 75%に下げ、自分が求めていた温度に調整しました。

次に、少し時間をかけて、作品中にどうしても必要な細部をすべて仕上げました。たとえば、光る窓や煙をさらに加えるといった処理です。最後は、いつも通りレイヤーを統合して レベルを調整し、焦点を引き立たせて... そして完成です!(図07)。

 

完成イメージ

※このチュートリアルは、書籍『Digital ART MASTERS Volume 2 日本語版』に収録されています (※書籍化のため一部変更あり)。

 


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編集:3dtotal.jp