「怒り」をテーマに:『竜の巣の侵入者』のメイキング

米国のイラストレーター/デザイナー Ky Tran氏 が「怒り」をテーマにした作品『竜の巣の侵入者』のメイキングを紹介します


Ky Tran
イラストレーター/デザイナー|米国

はじめに

「怒り」をテーマにした制作を依頼されたとき、私は怒っている両親を思い浮かべました。では、「腹を立てたドラゴンの母親」よりも怒りに満ちたものがあるでしょうか。

冗談はさておき、こういった制限のないテーマに取り組むとき、私はできるだけ自由に作業します。具体的な指示があるときは線画が役立ちますが、創造性を制約することもあります。しかし、ペイントストロークであれば、まるで雲を眺めているかのようにさまざまな解釈ができるので、アイデアのインスピレーションになります。これがプロジェクトにおいて実行可能な選択肢になりうるなら、すぐにカラーリングに取り掛かります。このアプローチですと、他の方法では実現できないようなデザイン・構図にたどり着くことがあります。

「攻撃性・過酷な環境・捕食動物・赤・とげ・火」など、怒りの関連テーマを考えると、アイデアは無意識に怒りの方向に押し進められます。関連トピックで画像検索すると、さらに適切な発想ができるようになるでしょう。先に断っておきますが、このワークフローはあまり体系的ではありません。反復的なプロセスであり、描くときにも、変更を加えることを前提としています。ここでは間違いも含め、私のテクニックを大まかに紹介していきます。

01 視覚的なブレインストーミング

まず、分割した1枚のカンバスに複数のアイデアをスケッチします(図01)。デジタルで作業している場合は、上のレイヤーに黒い格子を描いてカンバスを分割、その下にペイントします。手描きで作業している場合は、同じ方法でマスキングテープを使用してみてください。スケッチ間を行き来すると、より多くのアイデアを素早く生み出すことができます。それぞれのアイデアは異なるタイプにすることが重要です。そうすれば、必然的に創造力に頼らなければいけなくなるでしょう。

図01:ブラシストロークで、カンバス上でブレインストーミングを行います

スケッチでは、どういった視覚的なヒントが「怒り・憤り・攻撃性・危険」などを連想させるか考えます。この時点では、できるだけ早くムードや面白い形状を確立した方が良いでしょう(図02)。大まかに描き、ディテールにはこだわらないでください。すべてのスケッチを完全なアイデアに発展させる必要はありません。このプロセスにはたくさんのチャンスがあり、視覚的にゼロから考えることができます。気に入ったスケッチが出てきたら、アイデアがまとまるまで発展させます。きれいに整うまで散らかりますが、根気強く、満足のいく出発点になるように注力してください。

図02:ラフなブラシストロークによるコンセプトの例

02 アイデアを進める

この時点で、シーンの内容を具体的に考えてみます。「何がこのドラゴンをそれほど怒らせているのでしょうか?」「どうしたら彼女を凶暴に見せることができるでしょうか?」

ライティング、テクスチャ、そして補助的なディテールは後で取り入れます。まず、主な形状の下塗りで絵の方向性を決めていきましょう。一般的なドラゴンの形状とフォームを描くと同時に、構図のあちこちに人の目を引き付けたいと思います。怒りに満ちた瞬間であることを鑑賞者に伝えるには、どのようにモチーフを強調すれば良いのか考えてみます。私はドラゴンを大きく威圧的に描き、まるで、鑑賞者が見上げているかのように、頭と巨大で頑丈な体を構図の上の方に配置しました。

図03:アイデアを発展させていきます

03 焦点を作る

このイラストでは、「卵を狙う侵入者に激怒するマザードラゴン」を描くことにしました。これはマザードラゴンの反応に関するシーンなので、頭を焦点にしたいと思います。ここから先のあらゆる芸術的な決定では、焦点を強調し、鑑賞者の視線を真っ先にそこへ引きつけます。人の視線を焦点に引きつける方法として、ドラマチックなライティング、高コントラスト、彩度、ディテールの密度などがあります。

ドラマチックなライティングは、高彩度を加える良い機会となります。光はドラゴンの角の一部しか照らしていないため、明るい領域と暗い領域の間に中間調の領域を作ります。現実世界では多くの場合、中間調の領域の彩度が自然に高くなります。ペインティングでは、この効果を誇張して色を強調できます。

図04:焦点となるマザードラゴンの頭を細かく描いていきます

04 色を決める

マザードラゴンの頭の彩度と明るさをさらに強めます。その結果、残りの絵の明度構成が決まります。つまり、頭を視覚的な焦点にしたまま、他の領域をどのくらい明るくできるかが分かります。

きれいな色の調和を図るには、暖色系の光がシーンのアースカラーと合うでしょう。デジタルで作業している場合、ブラシを[覆い焼きカラー]に設定するとライティングを素早く強調できます。光が暖色なら、黄色、オレンジ、または ピンクなどで[覆い焼きカラー]を使いましょう。寒色の光が欲しいなら、青やシアンを使います。[覆い焼きカラー]をやり過ぎるとすぐに収拾がつかなくなるので、気をつけてください。

頭を明るくしたら、首に当たる光も少し描きましょう。フォームを目立たせるとともに鑑賞者の目をあちこち移動させて、視覚的な面白さを生み出します。「ほら、こっちを見て!」「他の領域にも目を楽しませてくれるものがあるよ!」と知らせ、分かりやすくバランスをとることが大事です。

図05:マザードラゴンの頭をどのくらい明るく照らすべきかを考えます

05 最初のディテール

作業の順番に正解/不正解はありませんが、いったん主な対象物をしっかりと描けたら、残りの構図はその周囲に簡単に構築できます。今回は、コウモリ・トカゲ・鳥・ドラゴンをオンラインで素早く検索し、他のアーティストがどのようにドラゴンのデザインとアナトミー(身体構造)に取り組んでいるか確認しました。とげ・歯・鉤爪などの自然の武器は、ドラゴンをより攻撃的に見せます。

ここで、構図の流れを強調するために背景のデザインを始めましょう。たくさんの個人的な趣向を形状に追加できます。視覚的に心地良い手法はわりと簡単に思い付きますが、実際に作品を際立たせたいなら、型にはまらないやり方、形状の探求に時間を費やしてください。大小さまざまな形状に加え、強烈に誇張した形状を使用するのが私の好みです。小さな形状が多過ぎると混雑しますが、大きい形状しかないと見ていて退屈になります。

図06:最初にメインの対象物のデザインを決めると、残りの作業が楽になります

06 光でエッジをコントロールする

光を利用して背景の一部を強調し、視覚的な面白さを生み出すことができます。光を追加/削除して、コントラストを調整しましょう。アーティストがライティングの法則に従っている限り、どこに光を配置しても正当化されます。このイメージでは「霧のため、光が一部の領域にしか当たっていない」「岩が上から影を投影している」などの可能性を検討します。つまり、自由自在というわけです。しっかりと目的を持ってライティングや形状を作ると、作品のまとまりと魅力が加わります。

ハードエッジはコントラストが高く、注目を集めます。一方でソフトエッジはそれほど注意を引きません。さまざまな強さのエッジによって、視線をあちこちに移動させますが、ハードエッジの大部分はイラストの焦点近くに集中させます。

図07:青い円に囲まれた領域はソフトエッジ、赤い円に囲まれた領域はハードエッジ