【特別寄稿】造形家 / 映画監督 片桐裕司の いろいろあっていいんじゃない?|エピソード58:幻のサム・ライミ版『スパイダーマン 4』

ハリウッドで彫刻家、キャラクターデザイナー、映画監督として活動。日本で開催する彫刻セミナーは毎回満席の片桐裕司さんのエッセーです。肩の力を抜き、楽しんでお読みください!


片桐 裕司 / HIROSHI KATAGIRI
彫刻家、映画監督

東京生まれ、東京育ち。1990年、18歳のときに渡米。スクリーミング・マッド・ジョージ氏の工房で働きはじめる。98年にTVシリーズ『Xファイル』のメイクアップでエミー賞受賞。その後、『ターミネーター』『エイリアン』『ジュラシックパーク』のキャラクタークリエーション等で有名なハリウッドのトップ工房スタンウィンストン スタジオのメインアーティストとして活躍(2000〜6年)『A.I.』『ジュラシックパーク』『タイムマシーン』『宇宙戦争』等の制作に携わる。現在、フリーランスの造形家、映画監督として活躍中。
東京生まれ、東京育ち。1990年、18歳のときに渡米。スクリーミング・マッド・ジョージ氏の工房で働きはじめる。98年にTVシリーズ『Xファイル』のメイクアップでエミー賞受賞。その後、『ターミネーター』『エイリアン』『ジュラシックパーク』のキャラクタークリエーション等で有名なハリウッドのトップ工房スタンウィンストン スタジオのメインアーティストとして活躍(2000〜6年)『A.I.』『ジュラシックパーク』『タイムマシーン』『宇宙戦争』等の制作に携わる。現在、フリーランスの造形家、映画監督として活躍中。

エピソード58:幻のサム・ライミ版『スパイダーマン 4』

サム・ライミ&トビー・マグワイアの映画『スパイダーマン』シリーズは中途半端なまま 終わりを遂げてしまいました。しかし、実は続きがあったのです。そして、何と、その幻のサム・ライミ版『スパイダーマン 4』に私は関わっていたのでした。今回は その体験談を書きたいと思います

スパイダーマンの映画といえば、一昔前は サム・ライミ監督で トビー・マグワイア が主役のシリーズを思い起こす人も多いと思います。

 

主演トビー・マグワイア、監督サム・ライミの『スパイダーマン』(1:2002年 / 2:2004年 / 3:2007年)

サム・ライミ監督の『スパイダーマン』はパート3 までつくられたですが、その後、監督は マーク・ウェブ、主役も アンドリュー・ガーフィールド に代わり『アメイジング・スパイダーマン』とタイトルを変えて、完全に新しいシリーズになりました。

主演アンドリュー・ガーフィールド、監督マーク・ウェブの『アメイジング・スパイダーマン』(1:2012年 / 2:2014年)

幻のサム・ライミ版『スパイダーマン 4』のプロジェクトは始まりから過酷でした。こちらの仕事の時間というのは「ほぼ1日8時間で週5日」と割ときっちりしているのですが、この仕事は撮影まで時間がないらしく、シフトは「朝7時から夜9時までで週6日」というものでした(ただ、まあ 時給制なので、働く分 収入が増えるのはありがたいのですけどね)。

そこで任されたのは、メインの敵役のデザイン造型でした。原作があるので、コンセプトや ざっとしたデザインは すでに決まっていて、それを粘土で立体で具体的にするのです。Vulture(ヴァルチャー)というハゲワシのキャラでした。そう。スパイダーマンの最新映画である『スパイダーマン ホームカミング』(2017年)の敵役ですね。

ジョン・マルコヴィッチ 演じるヴァルチャーが悪役となる最初のシーンで、彼が暗闇の中でコートを着て立っているのだけど、主人公が近づくと、そのコートだと思っていたものが突然広がります。「実は着ていたのはコートではなく、彼の作った機械の羽であった」という衝撃のシーンのプレゼンのために、コートのような羽をまとっているヴァルチャーの造形をしました。


幻のサム・ライミ版『スパイダーマン 4』の敵役ヴァルチャーの造型

そして、その後にもう1体、羽を使って 相手の攻撃を避けているところなどを造形して、サム・ライミ監督に見せたところ、「機械の羽で飛ぶということにイメージが湧かなかったけど、これを見たら飛んでる映像がクリアになった! 彼は飛べる! ありがとう!!」とめっちゃ喜んでくれたのでした。


羽を使って 相手の攻撃を避けているヴァルチャー。サム・ライミ監督はめっちゃ喜んでくれたのでした

さて、次の問題は「これを実際に作るのか」それとも「CGにするのか」という事になり、最終的には CG になることになりました。普段なら、この選択にガッカリするのですが、このキャラに限っては ホッとしたのでした。何しろ、こんなもの実際に作ったら、大変すぎて過労死レベルだった事でしょう。

この後も もっとデザインを具体的にするために、さらに もう1体、かっちょいいヴァルチャーの造形をしたのですが、残念ながら写真を撮る間がありませんでした...。今頃は、ソニーの倉庫のどこかで朽ち果てていることでしょう。

私は この仕事では敵役専門でしたが、そのスタジオではスパイダーマンのコスチュームも作っていました。一見 単純に見える このコスチュームは、実はとんでもない複雑で大変なプロセスを経て作られているのです。


スパイダーマンのコスチュームは、実はとんでもない複雑で大変なプロセスを経て作られているのです

まず、スーツの下には彫刻された筋肉の形のパットが入っていています。それをコンピューターでデザインされた、色とパターンがプリントされたスパンデックスを縫い合わせて、人が着れるようにします。

そして、その上につける立体の蜘蛛の巣のパターンは、原型は平らな鉄板の上に粘土で造形されたものです。それを型取り、フォームラテックスと言う素材で起こします。そのフォームラテックスを型から取る時にビラビラがはみ出るので、それをすべて丁寧に焼いて取らねばなりません。スーツ1体にくっつくフォームラテックスは指まであるので、相当な数になります。しかも主役なので、確かそれを60体くらい作る予定だったと思います。

20人くらいの人たちが、ひたすら、フォームラテックスの蜘蛛の巣のビラビラを毎日綺麗にしていました。スパイダーマンスーツ製造工場です。それをすべてスーツに1つ1つ 接着剤がはみ出さないように、丁寧に貼り付けていくのです。映画では、主役の青年が自分でスーツを作った設定ですが、裏事情を知る人は映画を見ながら笑っていたことでしょう。

映画では、主役の青年が自分でスーツを作った設定ですが、裏事情を知る人は映画を見ながら笑っていたことでしょう

まあ、そんな風に撮影に向けてめちゃくちゃ忙しくしていたのですが、そのような日々に突然 終わりが訪れます。ちょうど その日は金曜日。工房で特別に昼ご飯が出て、それを食べながら、オーナーからアナウンスがありました。「ソニー・ピクチャーズがスパイダーマンの製作を中断することに決めた。今から1ヶ月、サム・ライミ監督が脚本を書き換えるけど、それで監督とソニーの意見が合わなかったら、サム・ライミ版『スパイダーマン 4』の製作は打ち切りになり、映画は新しいスパイダーマンとしてリブートされる」とのこと。

ということで「念のため スパイダーマンのスーツの製造は継続するけど、その他の仕事は製作が確定するまで中断」ということになり、仕事が、その日に終わりということになってしまったのです。フリーランスワークの恐怖体験の1つですね。このような経験を積むことによって、自分の中の「何があってもなんとかなると思える強さ」がついていったのかなぁと思います。何ヶ月か予定していた収入が、次の日から いきなり 0 になるのですから...。

1ヶ月後に サム・ライミ版『スパイダーマン 4』の製作打ち切りを決定。『アメイジング・スパイダーマン』としてやり直すことになったのです。それまでに一体、何億の金を使ったのか? いやー、映画って、本当に恐ろしいものなんですね。というオチにまたまたなってしまうのでした。

しかしながら、私には、すぐ次の週に『バトルシップ』(2012年) という映画の仕事が入ったのでした。やはり、なんとかなるものなんですね。

 

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