【特別寄稿】造形家 / 映画監督 片桐裕司の いろいろあっていいんじゃない?|エピソード69:1996年の頃。そして、デル・トロ監督との出会い
ハリウッドで彫刻家、キャラクターデザイナー、映画監督として活動。日本で開催する彫刻セミナーは毎回満席の片桐裕司さんのエッセーです。肩の力を抜き、楽しんでお読みください!
エピソード69:1996年の頃。そして、デル・トロ監督との出会い
2017~18年、数多くの賞を受賞し、現在、第90回アカデミー賞にも最多13部門でノミネートされている映画『シェイプ・オブ・ウォーター』、そして、『パシフィック・リム』を生み出した ギレルモ・デル・トロ 監督との出会いは、彼のハリウッドデビュー作である『ミミック』(原題:Mimic /1997年)にまで遡ります
1996年の頃。
それは、確か1996年頃だったと思います。あるスタジオで『エスケープ・フロム・L.A.』(1996年)という とてつもなくひどい映画の仕事で雇われました。その映画に使う 俳優 カート・ラッセル と パム・グリア のミニチュアの造形をしました。彼らがハンググライダーに乗ってるショットに使うミニチュアです。
『エスケープ・フロム・L.A.』(1996年)
1/5スケールの造形 懐かしいなぁ!
カート・ラッセルのミニチュア。色は自分で塗ってませんが、出来上がりはこんな感じです
パム・グリアのミニチュア。原型の写真は撮ってないです
CGスキャンが発達した現在では、このような造形は、もう 消えゆく伝統芸能ですね...。今でも、おもちゃとかでは使われていますが、映画ではもう、役者の顔をミニチュアで造形するなんてことはないですね。
この仕事の後、日本のコマーシャルの仕事で日本に行く機会をもらいました。富士ゼロックスのコピー機のCMです。E.T. が出てきて、「ドリームカラー」と呟く奴ですが、見たことある人はいるでしょうか?
スピルバーグ 監督は E.T. を非常に大事にしており、うちらのクルーに混ざって、ドリームワークス 社から 「ちゃんと E.T. が撮られているかを監視する人物」 が1人送られていました。贅沢ですね。
この CM の E.T. は確か、実際に映画で使われた型から作っていたと思います。私の仕事は 「パペッティア」 と言って、その E.T. を生きているように操る仕事です。私が所属する Special Make up Effect(SFXメイクアップ)、Make up FX という仕事は、アメリカでも独特な仕事で、皆、遊びながら仕事をしている感じで、撮影現場で自分たちの出番がないときは、いろいろなものを持ち寄って遊んでいます。
この日本での撮影では、待ち時間は Hockey suck という蹴鞠みたいなもので ひたすら遊んでいました。4人ほどで輪になって、お手玉みたいなやつを落とさないように ひたすら蹴り合うのです。この時、日本の人たちには申し訳ないですが、仕事の場をアメリカに選んで良かったと本当に思いました。
何しろ、日本のメイクの人たちは、待ち時間やることが何もないのに、何もせずにじっと立っていなければいけないようで、こちらから見たら、それこそ 無駄な時間だと思ったのです。こちらは遊んでる分、やる時になったら、思い切りやれるのです。日本が改善すべきところだと心底思いました。
デル・トロ監督との出会い
その後、ロサンゼルス(L.A.)に戻って、映画『ミミック』の仕事が始まりました。そうです。デル・トロ監督のハリウッドデビュー作です。デル・トロ監督は、地元メキシコで作った初監督映画『クロノス』(原題:La invencion de Cronos /1992年)という作品が認められ ハリウッド作品の監督に雇われた 当時まだ無名の監督でした。私は、この『ミミック』のクリーチャーの初期のデザイン造形を 1体しました。
※画像は2014年のディレクターズカットDVD のパッケージ
しかし、私はその頃、『遊星からの物体X』『ロボコップ』などの特殊メイクを手掛けた 憧れのアーティスト、ロブ・ボーティンのスタジオで働くチャンスを得たため、その1体の造形だけで、そこの仕事を辞めたのでした(※エピソード 54 参照)。この時、デル・トロ監督にも会っているのですが、あまり印象は残っていません。
デル・トロ監督にとって『ミミック』はハリウッド的で、あまり彼のやりたいようにさせてもらえなかったらしく、その後、メキシコに戻って、『デビルズ・バックボーン』(原題:El Espinazo del Diablo /2001年)という素晴らしい映画を作りました。
『デビルズ・バックボーン』(原題:El Espinazo del Diablo /2001年)
それがうけて、再び、映画『ブレイド2』(2002年)の監督としてハリウッドに雇われたのでした。私は『ブレード』の 1 と 3 の仕事はしているのですが、2 だけは、たまたま携わっておりません。そして、次に デル・トロ監督と出会ったのは『ヘルボーイ』(2004年)での仕事でした。その話は また後日にしましょう。
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