マットペインティング『Atlantis』のメイキング

Alexandru Popescu 氏 が、マットペインティング作品『Atlantis (アトランティス)』のメイキングを紹介します


Alexandru Popescu
ビジュアルアーティスト|オーストラリア

はじめに:コンセプトを練る

アトランティスの伝説は、人類史上最高の伝説の1つです。数々の謎と神秘に満ちたあの美しい物語には、思いを馳せずにはいられません。誰でも一度はアトランティスの都市を思い描いたことがあるのではないでしょうか。コンセプトは見事で、可能性は無限です...。

この作品の制作について考えはじめたときに頭にあったのは「華やかに栄えるアトランティスの都市を作りたい」という思いだけでした。それも生命にあふれた都市を。魅力的な建築や古めかしい建物が建ち並ぶ、謎めいた文明を作りたかったのですが、同時に少しSF風に、技術が高度に発達した都市としても描きたかったのです。

これは「巨大な水中都市」というアイデアでした。そのため、まずコンセプト全体をうまくビジュアル化するために、雰囲気を定め、最初のカラーパレットを決め、基本的な環境スケッチを作ることから考えはじめました(図01)。見てお分かりのとおり、最初のスケッチはそれほど細部まで描かれていませんが、作業をはじめるベースとしては十分でした。

図01

01 ストック写真を選ぶ

このメイキングの解説を読むときには、まずこの作品が「デジタルマットペインティング」だという点に注意してください。このジャンルには、さまざまに異なる、数多くのテクニックが関係しているのですが、そのすべてを組み合わせることでリアルな仕上がりを実現しているのです。

マットペインティングで「リアリズム」を追求する場合、ストック写真をたくさん使いますが、写真の選択は一筋縄ではいきません。写真のために働くのではなく、写真があなたのために力を発揮しなければならないのです。常に独創的な姿勢を保ち、独自の方法で写真要素を使うことを目指しましょう。単に写真をつなぎ合わせただけでは、ただのコラージュ写真以上のものにはなりません。そうではなく、頭の中にあるコンセプトを実現するうえで役立つような写真を探しましょう。独創性を追求すると、期待しなかったような結果が必ず得られます。図02 は、「Atlantis (アトランティス)」の制作で使った写真の一部です。

図02

02 マットペインティングの基本原則

マットペインティングでは特に気をつける必要のある点がいくつかあります。基本原則はありますが、おそらく最も大事なこと(そして最初に頭に入れておくべきこと)は、仕上がりがリアルでなければならないという点です。この目標を達成するため、とてもシンプルながらかなり重要な(時には実行するのが難しい)原則があります。

深度:イメージには奥行きを持たせる必要があります。とりわけ環境を扱う場合は奥行きは不可欠です。前景、中景、背景のそれぞれに何を描くかを、はっきりさせておかなければなりません。そのためには、レベルと色に注意する必要があります。前景の要素には、高いコントラストとより力強い色を持たせるべきです。後方に行くにしたがって、コントラストは薄れていきます。黒は灰色になり、色の彩度はずっと低くなります。写真を組み合わせるときはこの点に注意しなければなりません。

ライティング:適切なライティングを選ぶことも重要です。シーンをドラマティックにしたいかどうかによって違ってきますが、すべてが確実に正しく見えるように細心の注意を払わなければなりません。光源を加えるときにはその結果、つまり追加しなければならないハイライトや影について考えましょう。新しいストック写真を加えるときには常に、メインのイメージの光源と矛盾しないように注意しましょう。

スケール:ストック写真を多数使用する場合には、スケールの問題に直面する可能性があります。イメージのスケールがおかしくならないように気をつけましょう。これはとても大事な点です。広大な環境を描くような、劇的なマットペインティングの場合は特に重要です。

文明を作り出す:頭に描いていた都市のコンセプトはかなり環境に依存していたので、まず都市の設定を作ることから始めました。最初のアイデアでは、前景には切り立った崖、遠くには丘に囲まれた巨大な谷間を作るつもりでした。完成作品からお分かりのとおり(図03)、仕上がりはオリジナルのコンセプトとは少し違っています。

図03

最初に、この環境に欲しいと思っていた雰囲気をつかむため、前景の崖のディテールを描きました。まず右側の部分から取りかかり、きれいなテラスが突き出た峡谷のような崖を作りました(図04)。

図04

左側の部分に描くものについては、都市のことも考えていたので、さまざまな地形を試しました。この時点では建築様式についてはっきりとした考えをもっていなかったので、単純にさまざまな種類の写真を試して、最適なものを見極めようとしました。左側の崖は、右側の崖と同じくらいの距離に置くのか、それとももっと手前に置くのか決めかねていました。最終的には右側と同じような距離にすることに決めて、それからディテールに取りかかっています。すべてが巨大に見えるように、それにふさわしい量感を持った形を作ることが主な考慮事項でした(図05)。

図05

ここで1つ、特に付け加えておきたいことがあります。私が作り出した景観はとても込み入っていますが、同時に、見る人がこの画像内で起きていることを簡単に理解できるようにしなければならなかったのです。そうした理由もあって、崖の先端部分はいずれも少量の砂で強調し、後の工程では光の柱を加えました。これで視線がさまよわなくなり、環境が描きやすくなりました。

背景はもともと丘に囲まれた谷間にするつもりでしたが、しばらくすると洞窟というアイデアが浮かんできました。試しに描いてみるとすっかり気に入ってしまったので、背景に巨大な石の柱を描き、強力な光源を追加しました。これはこの環境の構築で最も重要な段階だったかもしれません。洞窟を描いた結果、この作品に必要だった独創的かつ印象的なタッチが出てきたからです(図06)。

図06

03 都市を作り出す

都市は、この作品の中で最も難しい部分の1つでした。とてもスタイリッシュで独特の建築が並んだ巨大都市を作りたかったのですが、そう簡単なことではありませんでした。頭の中にはかなりはっきりとしたコンセプトがあったのですが、絵で表現するのは難しかったのです。都市は、3つの部分に分けるつもりでした。前景は、巨大な建物のエリアにして、建物と建物の間には距離を置き、その間を寺院や特殊な建造物で埋めようと思っていました。

次の部分は、谷間にあるとても混み合った遠くの街並みです。ここはスケール感と建物が密集した大都市の雰囲気を醸し出し、文明を表現しなければなりません。そして最後に加える部分は大きな城。これは作品で視線が集まる場所です。これも、作品のスケール感を高める働きをします。まず画像の右側から作業に取りかかりましたが、ここではギリシャ、トルコ、近代の地中海沿岸、さらにはアステカといった基本的な建築様式をいくつか試しています(図07)。

図07

こうしてできた街並みはもともとの狙いとは違っていたので、別の解決法として 3Dを使うことにしました。私が以前にモデリングした建物をいくつかレンダリングして、そのすべてを場面の中に配置していったのです。この時点で、見た目はずいぶんよくなってきました。さらに、ストック写真をいくつか組み込んだところ、求めていたような感じが出てきました。これで古代文明を描くことができました。次は高度な技術の雰囲気を演出する番です。寺院の上に三角の形を付け足すと、そうした感じができてきました。この部分は、現代の高層ビルの写真から作りました。写真を独創的な方法で使うべきだと前に述べましたが、これはそのいい例です(図08)。

図08

こうした試行錯誤の末、ようやく目指していたようなスタイルができました。中景と背景にはパリやその他の大都市の写真リファレンスを使い、狙っていたスケール感を出しています。こうした要素をシーン内に配置するときには、街路や大通りを構図とうまく調和させるために細心の注意を払いました(図09)。

図09

寺院には私が以前にモデリングした大きな城の3Dレンダリングを使いましたが、このレンダリングにはテクスチャを施しておらず、今回の作品で目指していたようなディテールは描かれていませんでした。そのため、さらに建築物の要素を足しています。その方が作品全体の雰囲気とスタイルに合っていたからです。図10 は、そうした処理の結果です。

図10

おわりに

アトランティスの都市を作り上げるのは、個人的にはとても面白い経験でした。コンセプトの立案から、自分の望むような形ですべてを完成させるまでの作業は大仕事でしたが、それだけの価値がありました。最終的には独創的なイメージを作成できたと思います。見る人を異世界へと誘い、アトランティスの大都市で暮す気分はどんなものだろう、と考えさせるような作品になったのではないでしょうか。

 

完成イメージ

※このチュートリアルは、書籍『Digital ART MASTERS Volume 2 日本語版』に収録されています (※書籍化のため一部変更あり)。

 


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編集:3dtotal.jp