抽象的な構図を元に『Monument』のメイキング

フィンランドの Mikko Kinnunen 氏 が、作品『Monument (記念碑)』のメイキングを紹介します


Mikko Kinnunen
アートディレクター|フィンランド

はじめに

「Monument (記念碑)」は、新しい芸術的アプローチを試そうとした好奇心が発端となっています。「抽象的な構図を元に 作品を描こう」と考えました。新しい作品を作るときには、たいていは、テーマ、雰囲気、色使いといった点について、どうしたいか が明確になっている状態で始めます。

しかし、この作品は もっと漠然とした形で始まり、確たる考えもなしにブラシを動かすばかりで、描いている間も作品がどうなるのかほとんど分からない状態でした。これは面白さと同時に危うさもあるアプローチで、個人制作以外には使うのは控えた方がいいかもしれません。ここからは、制作中の思考プロセスや、デジタル作画全般に対する私の取り組み方について少し解説していきます。

01 抽象的な形状

何度かブラシを動かしはじめたときに「これはSF風の作品になるだろう」と考えていました。明るい背景に黒いブラシで描きはじめ、その中に面白い形状を見つけ出そうとしていたのです。この作業、すなわち基本的な構図をできるだけ良い形に仕上げることが、おそらくスケッチの作業で最も重要な部分でしょう。

描いている形が「どういう具合なのか」を把握するには、目を細めたり、モニタから一歩下がって画面を見たりするとよく分かります。抽象的な構図をデザインしている場合、その形の相対的な大きさ、互いの位置関係、フレーム全体の中での場所といった点が重要です。また、描いた形の中に何らかの繰り返しがあるかどうか探してみるべきです。曲線かもしれませんし、ボックス、あるいは球体といった要素かもしれません。

「繰り返し」はデザインに統一感を出すことができます。また、主要な要素と相反するものが含まれていると、それが画像の焦点を定めるうえで重要な役割を果たしてくれることがあります。たとえば、主に「立方体」を使った構図の場合、視線を集めたい場所に「球体」を加えるといいでしょう。

対照的な明暗(明るさ/ 暗さ)を使って焦点を強調することもしばしばありますが、そうした曲線による視線の誘導も試してみるべきです。作品を見る人の目には曲線が「道順の指示」として写ることがあります。私は時々、新鮮な目で見るためにキャンバスの左右を反転させることがあります。この時点では失敗を恐れていません。筆使いの1つ1つを、後で消去することも変更することもできるからです(図01)。

図01

02 下描き

最初のスケッチの上に色を塗り始めるときは、いくつかの方法から選択できます。選りすぐった色を使って「プリマ描き」で塗ると鮮やかな仕上がりになりますが、これは絵に色を塗る方法としては最高に難しいやり方です。そのため、一流の画家の多くも下描きから始めています。この場合の下描きは、基本的に明暗を単色で表現したものになります(図02)。

下描きでは、補色を使うのを好む人もいます。その場合、たとえば、赤系の色をたくさん使った絵にするつもりなら、緑の下描きから始める ということです。私はたいてい、補色の代わりに、作品の最終的な雰囲気を表現する色調を選ぶようにしています。この作品は、奥の建築物の後ろから強い光が照る、夕暮れの場面にするつもりでした。

とはいえ、オレンジや赤のイメージにしたくはないので、暖かいマゼンタをメインカラーにして、暖かさと冷たさの面白い取り合わせを作ろうとしました。絵の中では 逆光をあまりたくさん使いすぎないように注意しましょう「逆光」には限界があるからです。強力なグラフィックシルエットが効果的に得られる場合もありますが、こうした光の条件には欠点もあります。たとえば、逆光の条件下で暗い空を使うのは簡単ではありません。こうした取り合わせでは、ほとんどの場合、オブジェクトは正面や側面の光を多く受けることになります。

今回の作品はかなり抽象的なので、とにかく強い逆光で行くことにします。この段階では、全体の明暗の印象を確かめるため、黒のフレームを作品の周りに配置すると役立ちます。下描き中は影の部分についつい黒を加えすぎてしまいますが、黒のフレームがあれば そういう誘惑も抑えられます。

図02

03 形を定める

徐々に3D 的な量感を作品に加えていきます(図03)。上向きの面を探して、それを光の方に向かっていない面よりも明るくするという方針で作業を進めました。太陽の光は陰になっている部分に届いていないことに注意してください。こうした陰の部分は、空から来る光をシミュレートしたクールな環境光で照らされています。また、この段階では写真テクスチャもいくらか追加しています。写真の一部を使って作品中の要素を直接描くのではなく、面白いバリエーションといわゆる偶然の産物を見つけられないかと思ったのです。

図03

すべてをブラシで描けないことはありませんが、時には写真テクスチャを使って仕上がりを見る方が手っ取り早いこともあります。この作品では、イギリスのハルで撮影した写真の一部を使って空のバリエーションを作ってみました(図04)。

図04

他人の写した写真の一部をコピーするアーティストはたくさんいます。そういう例はあまりにも多く、私はお勧めしません。しかし自分で撮影した写真を使って面白いサーフェスを作ると、制作の現場では大変役立ちます。面白いテクスチャを自分の絵の上に被せていろいろいじったり、部分的に消したりして、どういう結果になるか確かめてみましょう。私はいつもさまざまなテクニックを試していますが、同時に自分の芸術的な判断がこうした実験に振り回されないように注意しています。

この段階では、何のためらいもなく過剰な彩度やコントラストを使っています。後の段階でいつでも減らせるからです。私は大胆に描く方が好きですし、微妙な調整は完成作品がどういう仕上がりになるのかはっきりした後でもできます。この段階では、イメージの幅、または高さを最低でも3,000 ピクセルに拡大する方がいいでしょう。こうすれば、過度に複雑なカスタムブラシを使わずに描けるようになります。私は作画作業のほとんどで、標準の Photoshopブラシを使っています。また、ここにアクリル絵の具を塗った筆致をスキャンした例を挙げます。こうした素材を元にしたブラシを使えば、ありがちな「いかにもデジタル」の雰囲気を消すことができるでしょう(図05)。

図05

04 仕上げ

デジタルで作画する場合、作品に追加できるディテールの量に物理的な制限がないので、過剰に描き込みすぎる人がたくさんいます。私は、見る人の想像力に委ねる余地を残すようにしています。ここで私が加えた処理も、より印刷に適した仕上がりになるように、もう少しだけテクスチャやエッジのバリエーションを追加したぐらいです(図06)。

図06

陰になった部分のエッジは、明るく照らされた部分よりも鈍くしておくといい仕上がりになります。すべてを鋭くしすぎたりぼかしすぎたりしないように気をつけましょう! よくできた作品の多くは、ハイライトの中の鋭いエッジから、暗い影につつまれて不明瞭なグラデーションのついたエッジまで、さまざまなタイプのエッジを使っています。私はたいていできるだけ不透明に塗るようにしていますが、この作品は水彩風のテクニックを使って仕上げました。たとえば、透明ストロークで彩度の高い色を塗って、強烈な色相と鈍い色相が隣り合うような部分を作り出しています(図07)。

この微妙なクロスハッチのテクニックを使うと、ある意味、作品が「活気づく」感じになります。人間の脳は、さまざまな色調で構成された領域の色を定義しようとするとき、それが鮮やかだという印象を持つからです。この効果は、光混合(optical mixing)と呼ばれる場合もあります。また最後の仕上げとして、ざらざらしたキャンバスのテクスチャを作品に加え、クリーンで人工的な見ばえにならないようにしています。

図07

おわりに

完成した作品の解像度は 幅5,000 ピクセルですが、必ずしもこれほどの大きさで作業する必要はありません。最初は小さなサイズで始めて、ディテールがさらに必要になったらサイズを変更してもよいでしょう。これならコンピュータの動作がずっと軽快になりますが、コンピュータの動作は使うブラシの種類によっても左右されます。

Photoshop のデュアルブラシ設定を多用している場合は、イメージの解像度をほどほどに抑えて、スムーズなワークフローを確保する必要があるでしょう。その反対に、標準の丸ブラシを使ってレイヤーも2 枚だけという条件なら、それほど動作が低速になることもなく 8,000〜10,000 ピクセルほどのイメージを扱えるでしょう。

自分の作品に対しては、いろいろな面でもっとよくできると思うのが常ですが、この作品の出来映えについては満足しています。描き始めたときははっきりとした戦略プランはなかったのですが、いざ完成してみると、これまでに作った作品の中でも出来がいい方だと思えました。自分の作品の批評家であることも重要ですが、個々の作品ごとによかった点を探すことの方がずっと大切です。商用の作品の制作では、創造的な作業に楽しさを見いだせなくなることはよくあると思います。

個人制作の小作品を作ると、実験をして「自分の作風を見つける」ことができます。そういった実験は、厳しい締め切りに追われた状態では簡単にできることではないでしょう。私が数年前に始めたとき、デジタル作画をどう扱ったらいいのか見当もつきませんでした。こうした解説の一部を、独学の道を歩んでいる他の人たちにも役立ててもらえれば幸いです。「何事でも、正解は1つではない」ということを忘れないでください。どんな問題でも、よい解決法はたいていの場合、いくつもあるものです!(図08)

 

図08

 

完成イメージ

※このチュートリアルは、書籍『Digital ART MASTERS Volume 2 日本語版』に収録されています (※書籍化のため一部変更あり)。

 


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編集:3dtotal.jp